~ 本場のティータイムを、岡崎で ~
イベント開催報告
◆2025.5.26 Keswick読書会
 〈好きな本を紹介し合いましょう〉
今回も特にテーマは定めず、参加者さんが好きな本、いま他の人に特におすすめしたい本を何冊か選び、紹介しあいました。アジア諸国に関する小説やルポルタージュが多く紹介されました。
【紹介された作品一覧】
・麻雀放浪記/阿佐田哲也
・狂人日記/色川武大
・レンタルチャイルド/石井光太
・観光/ラッタウット・ラープチャルーンサップ
・誰でもない/ファン・ジョンウン
・外は夏/キム・エラン
【詳細な内容】
◆ 麻雀放浪記/阿佐田哲也
イベント常連参加のNさん「僕は40代の時に心筋梗塞で救急搬送されて、到着があと1時間遅れてたら危なかったと言われました。それで、退院したあとに本をほとんど売ってしまい、新しい本もあまり読まなくなったんです。その代わり、何か人の集まりがあるとなるべく顔を出すようにしていて、こういう読書会も今、4つか5つぐらい出ています。そうしないと、読もうという気力が湧かないんです。
 本書は、当時、読み始めたら止まらなくなった作品です。著者の阿佐田哲也さんは、一時期テレビによく出ていましたね。『11PM』という番組の麻雀コーナーが有名でした」
春名「僕は、映画は見たんですけど、原作は読んでいないです。Nさんは、麻雀はやってたんですか?」
Nさん「昔、勤め始めたときに少しやってたけど、これは麻雀をやらない人間が読んでも面白いです。イカサマも当たり前の危うい世界で生きている人間たちのドラマです。ドヤ街みたいな世界で悪事に手を染めたり、一癖ある人間達が集まってくるから、いくらでも話が続くんですね」
春名「映画だと、鹿賀丈史さん演じるドサ健が目立っていました」
Nさん「登場人物の中でも、すごく個性が強いですね。彼が主人公の別の小説、『ドサ健ばくち地獄』などもあります」
◆ 狂人日記/色川武大
Nさん「さきほどの阿佐田哲也さんが、純文学作品を書くときは、色川武大というペンネームになるんです。本作は、中国の魯迅の小説でも同じタイトルがありました」
春名(装丁を見ながら)「昔は、こういう箱入りの豪華本がありましたよね」
Nさん「そうですね。本書は、タイトルどおり、著者自身が病気なんです。この作品に出てくるのも、とつぜん肩から腕になって人が歩き始めたりとか、そういう話ばかりなんです。現実なのか夢なのか分からない、そんな世界に著者は生きているんです。作家本人が病気だから、表現がすごくリアルなんですよ。こういう脇道に逸れたような人間の作品って、面白いですよね」
◆ レンタルチャイルド/石井光太
Nさん「これは著者がインドのムンバイに入って、現地の物乞いの世界を取材して書いた本です。女性たちが子どもを抱えて物乞いをするんだけど、実はその子どもたちはマフィアから借りてるんですよ。それで、お金を稼ぎやすいように、子どもの手足を切り落として、かわいそうな見た目にするんです。そうやって道端でお金を稼いで、その一部をマフィアに渡すという仕組みです。著者はそういう危ない世界にどんどん入っていって、ルポルタージュを書いているんです」
春名「確かに、インドだったか覚えていませんが、子どもをダシにして稼ぐという話は聞きますね。その場合、かわいそうな子ほどお金をもらえるという構造ですね」
Nさん「そういう世界には、だいたいマフィアが絡んでるんですよ。僕の子どもの頃にも、名古屋駅の周辺に子どもが集まっていて、あれも実は組織と絡んでいる子どもたちだったんですよ。物乞いすら勝手にはできなくて、そういう組織の許可が要るんです。一時期はお寺にも物乞いがたくさんいて、お寺もそういう組織とつながっていた時期がありました」
春名「僕もインドに行った時に、ムンバイに一日弱くらいだけ滞在したことがありますが、きれいな場所しか行かなかったです。バラナシとかデリーの安宿街のほうが強烈でした」
◆ 観光/ラッタウット・ラープチャルーンサップ
春名「これはタイの作家が書いた短編集で、当時は日本でもけっこう売れました。タイに暮らす人が、タイの目で見たタイの話です。たとえば、外国人観光客の無神経なふるまいを現地の人は良く思っていなくて、『また外人が来たよ』みたいな態度で接する『ガイジン』という一編。それから『徴兵の日』という作品も素晴らしくて、16~17歳くらいの子が徴兵の審査に行く話です。審査で落ちれば兵役に行かなくて済むので、みんな内心では落ちたいって思っています。主人公の少年はお父さんが軍の偉い人で、裏から手を回して落としてもらえることになっているけれど、いちおう形だけ試験場に行きます。でも一緒に行く友達のほうは貧しくて、コネもお金もないから、『どうしよう、受かったら嫌だな』と悩んでいます。主人公はそれを見ながら、自分が汚いやり方で徴兵を逃れることに罪悪感を覚えている、そういう微妙な心理を描いています」
Nさん「現地の人からすると、よくそんな小説を書いたと思うでしょうね」
春名「日本とは違う世界で興味深いですが、もし自分もそういう状況に置かれたとしたら、心情はなんとなく分かります。
 表題作の『観光』は、もうすぐ失明してしまうお母さんと息子が一緒に旅をして、息子が旅先で感じたことが描かれているんです。一本一本の短編がすべて心に沁みる話でした」
Nさん「アジアのほうだと、生活の中でそういうネタがけっこうありそうですね」
春名「タイにはタイなりの生活があって、違う世界だけど、それが面白いです。でも、この作家はこれ一冊しか出していないんです」
◆ 誰でもない/ファン・ジョンウン
春名「韓国の小説もいくつか読むんですが、一番好きな作家がファン・ジョンウンで、本作は短編集です。韓国は韓国なりの、日本と近い国だけど独特の世界があって、よく出てくるのが『チョンセ』という言葉です。これは賃貸住宅の制度で、借り主が大家に多額の頭金を払うと、それで家賃が免除されるというものです。頭金は日本でいうと数百万から一千万円くらいで、大家さんはそれを元手に自分で運用して利益を出す。そして借り主が出て行く時には、最初に払った頭金がそのまま戻ってきます。だから、最終的にはプラスマイナスゼロで何年か暮らせるんですが、最初の頭金がないと住めないから、みんなその頭金を作るのに必死なんです。そういう状況が、けっこう小説に出てきます。
 それから、韓国では男だったら必ず徴兵につかないといけない。どんなアイドルの人気者でも何年間かは徴兵に行く決まりがあります。あとは上下関係、身分関係ですね。上流階級と下流階級の人たちのすれ違いもよく描かれます。
 この短編集に収録されている『上流には猛禽類』も身分関係を描いた話です。普通は、自分より上流の人の嫌な感じを描く作品が多いですが、本作では逆に、自分より下の階層の人たちがちょっと野蛮だったりがさつだったりすることに嫌悪感を持つという、そのあたりが珍しくて興味深いです。
 著者のファン・ジョンウンは、政治的なことを小説に組み込むのもうまいんです。韓国で特徴的なのが、大きなデモですね。市民レベルで何十万人という人がすぐに集まって抗議運動を起こします。それは昔から市民運動で歴史を変えてきた経緯があるからなんですね。たとえば、パク・チョンヒが暗殺されて政権が変わったのに、直後にまたチョン・ドゥファンがクーデターを起こして軍事国家に戻ってしまう、というようなことが何度か繰り返されてきました。民衆が立ち上がって歴史が変わったと思ったら、また覆される、そういう歴史が小説の中に組み込まれているんです。他にも、1990年代の終わりにIMF危機で経済がどん底に陥ったときの状況なども出てきます。描かれているのは普通の市民の話なんですが、その市民の生活の中に、政治とか国家の動きがリンクしてくる。日本ではあまり見られないタイプの表現です」
Nさん「映画にもなっていますね。ヤン・ヨンヒという女性監督がいます」
春名「『スープとイデオロギー』という映画を撮っていますね。たしか監督のお母さんが済州島事件の当事者で、その話をしているうちに認知症がひどくなっていくという内容でした」
Nさん「監督のお父さんは朝鮮総連の役員だったんです。横暴な人なんだけど、それでも父親を愛してしまうという内容が、映画『ディア・ピョンヤン』で描かれています」
春名「北朝鮮との関係もふくめ、韓国はいろいろと複雑ですよね。そういえば映画では、お兄さんが北朝鮮に行く話が出てくるんですが、当時は韓国から北朝鮮に行くことが一種のステータスというか理想だったらしいですね。そういう時代があったことも僕は全然知らなかったです」
Nさん「在日で苦労してきた人たちも、帰るなら北朝鮮、それが理想だ、という時代があったんです。僕らの学生時代も、北朝鮮って一つの理想だったんです。学生がデモをやってるときに、中国の毛沢東とか北朝鮮の指導者の名前を出したりしていました。当時の学生運動というのは、かつて日本がやってきたことに対する反省や批判的な視点があって、そうすると中国の毛沢東とか北朝鮮の指導者とかが偉いという考え方になったんです。僕も、北朝鮮の指導者の全集を読んでるし、毛沢東も読んでます。当時の僕らの世代で学生運動を経験した人にとっては、そういう本は必修の教科書みたいなものでした」
◆ 外は夏/キム・エラン
春名「韓国は、日本と似ていると感じるところもあれば、やっぱり違うなと感じるところもありますね。本書はキム・エランという作家の短編集で、僕が好きなのが『向こう側』という一編。30代半ばくらいの、倦怠期を迎えたカップルの話です。2人で公務員試験を受けるんですが、女性のほうが先に合格して就職し、どんどん出世して充実した仕事をしています。いっぽう男性のほうは公務員試験になかなか受からない。もちろん、公務員にならなくてもいいわけですし、女性より劣るわけではないのですが、男性はどうしても引け目を感じてしまう。それでどんどんふさぎこんでいき、仕事もしなくなります。二人はもともと、さきほどお話ししたチョンセを利用して大金を大家さんに預けているんですが、男性はそのお金をこっそり半分くらい返してもらって、生活費をそこから捻出するようになります。当然、女性にバレたらまずいわけですが、男のほうはお金がないし働けないからどうしようもないという、物悲しい話なんです。やるせない感じが本当にうまく描かれていて、読み応えがあります。でも、もし日本でもそういう制度があったら、案外、わかるなという話にもなるし、その辺がすごく面白いんですよね」
Nさん「僕は韓国の本はあんまり読んでいませんが、映画は面白いですよね。『タクシードライバー』あたりは有名です」
春名「僕も見ました! 光州事件を描いた作品ですよね。若者がたくさん殺された悲惨な事件ですけど、韓国の映画はそういう歴史をすごく大事にしています。エンタメとしてもよくできているし、どこの国でも評価される作品だと思います」
Nさん「韓国には、そうして自分たちで動かしてきた歴史があるから、すごくアクティブというか、骨があるんですよね。日本の場合は、空気を読んで、様子を見ながら上手に生きていくという感じになりますね」
春名「デモのようなことがあったとしても、自分がそれに参加するかって言われると、わからないです。僕が大学に入ったのが1985年だったんですけど、その頃には学生運動なんてもう完全に燃えかすみたいなもので、空気が全く変わっていました。でも韓国は、パク・クネ大統領弾劾の時も、みんなでキャンドルを持って集まったりしました。学生たちがそういう運動に参加して、催涙弾を浴びてぐちゃぐちゃになって帰ってくるというシーンも、小説に出てきます。
 そういえば昔、『二十歳の原点』という高野悦子さんの本を読んで、当時の大学生はちゃんと政治思想を持たなきゃいけない、何かセクトに入らなきゃいけない、みたいな空気があったのを知りました。彼女は、自分がそうした思想を持てないことを苦に、自ら命を絶ってしまいます。現代なんて、そういう思想を持たない人ばかりですが、当時はそうじゃなかったんですね」
Nさん「その頃は学校でも試験が中止になったりして、全部レポートに切り替わったり、試験をしてもカンニングが当たり前でした。つまり、世の中のルールをそのまま受け入れて真面目にやる=恥ずかしい、という空気で、カンニングという非道行為が良しとされたんです。監督している先生も、それを見つけるとそばにきて、「目立ちすぎだよ」と耳打ちするような時代でした」